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2015/05/05

お初の場所へ… (008)

大型連休の初日、前々から興味のあったお初の場所へ、連れ合い様を引きつれお出かけしてみました… さぁて、分かるかなぁ???Doumon001さてさて、どこでしょう(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)

…どこでしょうって,写真の下に書いてんじゃん… あ~ぁ…

と言うわけで,この日は「阿連の洞門」にお出かけしました。入り口の遠目・近目はこんな感じでアリマス!(どっちが入り口でどっちが出口かは,ご想像にお任せです… 以前,yohboさんがブログで対馬のトンネル特集をしてたときにも,こんな事を考えた気が)…Doumon003Doumon004阿連の洞門(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)

…で,中を覗くと…Doumon005阿連の洞門(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)

まぁ,よくも掘ったもんだと… 感心しきりでありました… ではではここで,ちょこっとだけレクチャーをば… 

こちらの阿連(あれ)は厳原の西北にあり西海岸に面しています。直線で4kmほど南下したところに小茂田(こもだ)という集落があり、阿連の人々は用事やお祭りの際に険しい山道より海岸線を伝って小茂田に行っていたそうです。しかし、一箇所切り立った崖の場所があり子供や老人は通ることが難しかったらしく困っていました。

そこで阿連の石工、田代さんという方が崖にトンネルを掘りはじめました。田代さんが亡くなった後は弟子の山崎さんが掘り続け、それを見て阿連の人々も手伝うようになり昭和7~8年に洞門が完成。安全に隣の小茂田まで行けるようになりました。

その後、昭和20年代の終わりから30年代には道路の整備が進み、この海岸線の道は使われなくなったそうです。トンネルが2つあるように見えますが、実際はひとつのトンネルだったものが途中で崩れたそうです。写真を撮っていても崖から細かな小石がパラパラと降ってきて、崩れやすい石質みたいでした。

洞門というと旅の僧が村人のために30年かけて掘った青の洞門(大分県中津市本耶馬溪)が有名ですが、対馬にも同じような人がいたんですね。観光名所でもなく人々からは忘れ去られようとしている阿連の洞門。先人の苦労を偲ぶためにも後世に残したいものです。

(以上,「対馬 島ブログ」より引用でした…)

も少し写真を…Doumon006~いないいない~(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)Doumon007~ばぁ~(さん)(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)

さて,私的出口の様子は,こんな感じでアリマス…Doumon008阿連の洞門(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)

ここで記念撮影をば……Doumon009どれくらいぶりかな?…なかよしこよし(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)

…え~,このまま終わっては,なんかカウントしづらいので… 生き物をば一点…Doumon002ネンブツダイ?(2015/05/02:対馬市厳原町阿連)

磯の潮だまりに群れておりました。地元はちょうど潮時期で,この日も大潮でした。磯ではおばちゃんたちがウニを採っておりました。「洞門まで1時間ぐらいかかりますか?」との問いに「そこの先ですよ!」と答えてくれたおばちゃんは,帰りしな「たいしたことなかったでしょ…」とおっしゃいました。が… なかなか見応えのある場所でした。ちょっと怖かったですが…

さて,今回無理矢理「年度間100回更新」のためにネンブツダイに登場頂いた次第ですが,これからはブログ名「対馬の自然 虫々日記」の「自然」に引っかけてカウントの幅を広げていこうと思います。この時点で,すでに泣きが入っておりますことを大目に見てくださいませませ! ヨロピクですぅ~

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コメント

菊池寛の『恩讐の彼方』ばりの歴史が阿連の地には有るのですなーーー。@すごい!

投稿: ほしかりアマリリス | 2015/05/08 17:54

ほしアマさん,こんにちはです。知り合いに聞いたのですが,ここは行くたびに,どこかが崩落しているそうです。中に入っているときに崩落の可能性もありますよね…おぉ,こわ…

投稿: anbow | 2015/05/09 09:57

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